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東京家庭裁判所 昭和33年(家)13893号 審判

申立人 松本久枝(仮名)

相手方 高山幸治(仮名) 外四名

参加人 田上チヨ子(仮名)

主文

一  被相続人高山栄吉の遺産を次の通り分割する。

二  相続人松本久枝の取得分

(一)  東京都新宿区市谷○○町○○番地の四

一、宅地三十七坪九合九勺

(二)  同所同番地の九

一、宅地三坪五合

(三)  同所同番地の一五

一、宅地二十七坪七合一勺

三  相続人高山幸治、高山光一、高山裕、高山正の取得分(各相続人の割合は一応法定相続分によるものとする。但し協議による分割を妨げない)

(一)  東京都新宿区○○町○丁目七〇五番地所在

(家屋番号同町八九番)

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪十九坪七合五勺

及びその敷地三十七坪の土地賃貸借契約上の地位即ち所謂借地権(その区域は地主との協議したところによる)

(二)  東京都中央区築地○丁目○番地の四

一、宅地三十三坪五合五勺

(三)  東京都新宿区市谷○○町○○番地の一

一、宅地二十六坪七合七勺

(四)  同所同番地の一七

一、宅地十八坪〇合七勺

(五)  同所同番地の一八

一、宅地一坪五合三勺

(六)  同所同番地の一九

一、宅地七坪一合五勺

(七)  前記(一)家屋内所在の動産

四  相続人村山和子の取得分

(一)  東京都新宿区○○町○丁目七〇五番地所在

(家屋番号同町七八番)

一、木造瓦亜鉛葺二階建店舗一棟

建坪十四坪七合五勺

二階十一坪七合五勺

及びその敷地二十六坪の所謂る借地権(その区域は地主との協議した処による)

(二)  前記(一)家屋内所在の動産

(三)  東京都新宿区市谷○○町○○番地の一六

一、宅地十八坪一合二勺

五  参加人田上チヨ子の取得分

(一)  東京都新宿区○○○丁目七〇五番地所在

(家屋番号同町七九番)

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

建坪十三坪六合五勺

二階九坪六合六勺

及びその敷地十五坪の所謂借地権(その区域は地主との協議した処にある)

並に附属造作

六  前第二乃至、五項掲記の各遺産取得者に対して、取得者以外の相続人並にその相続人(田上チヨ子に対しては全相続人並にその相続人)はそれぞれ取得不動産について遺産分割その他による所有権移転の登記手続をすること(但し被相続人名義及び取得者名義の遺産を除く)

七  東京都新宿区市谷○○町○○番地の枝番所在の前記以外の遺産たる不動産については、既に相続人高山喜子或は同松本久枝等において相続財産の負担に帰すべき相続債務の弁済にあてるため売却処分したものであるから、これが別途に清算の上各相続人において相続分に応じて過不足を取得し、又は支払うこと。

八  審判調停に関する費用は各自弁とする。

理由

一  相続人及び分割協議参加人

被相続人高山栄吉は昭和二十四年十二月五日死亡し相続が開始した。その相続人は長女高山喜子、その所謂婿養子高山幸治、次女松本久枝、及び非嫡出子村山和子の四名であるが、長女高山喜子は昭和三十一年三月六日死亡し、夫幸治、その長男光一、次男裕、三男正が、共同相続をすると共に本件遺産分割事件における当事者の地位を承継したものである。

相手方田上チヨ子は被相続人の内縁の妻であつたものであり、被相続人の遺言書と称する書面によれば遺産中一部後記第二項の(二)の遺産の受遺者として表示されているのであるが、その遺言書は自筆証書でなく、又確認手続を経ないなど形式の不備から全相続人において有効ではないものと取扱うことになつているが、ただ田上チヨ子に対する遺贈分については全相続人において、その分を同人に取得させることについて異議はないというのである。(尤も調査官の報告書中には、其の後相続人村山和子においてそれに反する趣旨の意見を述べている旨の記載があるけれども、右遺言書により若し被相続人と田上チヨ子間に死因贈与契約の成立が認められないとしても、その頃相続人等と田上チヨ子との間に右遺産について、田上チヨ子にその所有権を取得せしめる一種の契約が成立し、それについての引渡しも終つているものであるから、村山和子において理由なく契約の解除はできないものと解する)。

二  相続財産

(一)  東京都新宿区○○町○丁目七〇五番地所在

(家屋番号同町七八番)

一、木造瓦亜鉛葺二階建店舗一棟

建坪十四坪七合五勺

二階十一坪七合五勺

及びその敷地二十六坪の土地賃借権

(二)  同所同番地所在

(家屋番号同町七九番)

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

建坪十三坪六合六勺

二階九坪六合六勺

及びその敷地十五坪の土地賃借権

(三)  同所同番地所在

(家屋番号同町八九番)

一、木造瓦葺平屋建居宅一棟

建坪十九坪七合五勺

及びその敷地三十七坪の土地賃借権

(四)  東京都中央区○○○丁目○番地の四

一、宅地三十三坪五合五勺

(五)  東京都新宿区市谷○○町○○番地の一

一、宅地二十六坪七合七勺

(六)  同所同番地の二

一、宅地二十九坪九合

(七)  同所同番地の三

一、宅地二十坪一合九勺

(八)  同所同番地の四

一、宅地三十七坪九合九勺

(九)  同所同番地の五

一、宅地三十七坪一合

(十)  同所同番地の六

一、宅地二十二坪一合八勺

(一一)  同所同番地の七

一、宅地二十七坪一合

(一二)  同所同番地の九

一、宅地三坪五合

(一三)  同所同番地の一一

一、宅地三十五坪七合

(一四)  同所同番地の一二

一、宅地二十四坪

(一五)  同所同番地の一三

一、宅地二十二坪一合二勺

(一六)  同所同番地の一四

一、宅地八十二坪五合五勺

(一七)  同所同番地の一五

一、宅地二十七坪七合一勺

(一八)  同所同番地の一六

一、宅地十八坪一合二勺

(一九)  同所同番地の一七

一、宅地十八坪〇合七勺

(二〇)  同所同番地の一八

一、宅地一坪五合三勺

(二一)  同所同番地の一九

一、宅地七坪一合五勺

(二二)  動産(相手方高山方所在のもの)

(二三)  動産(相手方村山方所在のもの)

(二四)  遺産ではないが、相続分算定の基礎になる生前贈与分、即ち松本久枝及び村山和子に対しての若干の動産

(二五)  相続財産の分担に帰すべき債務並に葬式費用その他若干

三  遺産の現況

前第二項(一)の家屋には村山和子が居住し、同所にて文房具商を営んでいる。登記名義は第二項(二)及び(四)の不動産とともに債権者岡本三郎が代位して、相続人高山幸治、高山喜子、村山和子及び松本久枝のため相続登記をうけたものである。その敷地二十六坪と後記(二)(三)の家屋敷地と合せて合計七十八坪は借地であり、現在村山和子の占拠部分について土地賃料一ヵ月六百円宛を同人が支払つている。

第二項(二)の家屋は田上チヨ子が管理し、他に賃貸している。登記名義は前同様に債権者岡本三郎が代位して相続人高山幸治、高山喜子、村山和子、松本久枝の四名のため相続登記を受けたため現在右四名の共有名義になつている。

その敷地十五坪は前同様借地であつて田上チヨ子が一ヵ月四百五十円宛の地代を支払つている。

第二項(三)の家屋には高山幸治がその家族と共に居住している。登記名義は被相続人名義である。

その敷地三十七坪については前同様に高山幸治が地代一ヵ月九百円宛を支払つている。

(四)の宅地は前(一)(二)(三)同様相続人四名の共有名義になつており、被相続人死亡後高山喜子が管理し他に賃貸していたが、同人死亡後はその夫高山幸治が管理にあたつている。尚高山喜子は生前においてその表通りに面する側約半分を売却処分したが、移転登記はなされていない。

第二項(五)乃至(二一)の十七筆の土地は○○町一八四乃至一八七番地であつて実測四六六坪七合二勺(登記簿上四一一坪五合九勺)であつたが、被相続人存命中これを同町○○番地四四一坪五合九勺の一筆に合筆し、更に、売却のため分筆合筆があつて、現在は同番地の一乃至一九(但八、一〇を除く)の枝番に分筆されているものである。

右土地は何れも被相続人が所有権取得後も尚引続き前地主八島恒一の名義のままにしておいたが、そのうち同番地の二、三、五、六、七、一一、一二、及び一三の八筆即ち第二項の(六)(七)(九)(十)(一一)、(一三)、(一四)、及び(一五)、の土地は被相続人と中野利市との間に同人の生前売買の口約があつたので、被相続人より特に委託された松本久枝、田上チヨ子等において、被相続人の生存中の意思に基きその頃これを処分したものとのことである。尚同人等の云うところによればその代金は十八万三千六百八十二円であつて、被相続人の債務七万円余、葬式費用二万円余、借地権抹消のための支出金、登記手数料、公租公課、売買手数料等を右売却代金中より支出したため右代金額は残つていないとのことであるが、相続人村山和子はその売却代金額は十八万六千九百八十円五十銭であると争い、従つてその金員の支出内容については釈然としないと云うのである。尚右売買については、売買登記関係書類が被相続人より松本久枝に手交されていたのと、土地登記名義人が八島恒一であつたので、同人の諒解のもとに直接買主に登記手続がなされたものである。

又同番地の一四宅地八十二坪五合五勺、即ち第二項(一六)の遺産については松本久枝等が昭和二十七年十月八日前同様の方法にて処分したものである。尚同人の云うところによれば、売却代金は十五万円であり、その売得金は被相続人の債務の一部の弁済にあてたとのことであるが、相続人村山和子はこれに対して疑念をもつところである。尤も被相続人がその生前佐野大助なる者の手形債務につき債権者岡本三郎のため第二項(二)(三)(四)の土地、建物を担保に供したものであるとして本件調停手続中担保債権者岡本三郎より厳重な支払の督促をうけたので、村山和子を除く爾余の相続人は、その債務の有否並に債権額について深く疑をもつたのであるが、それが否定の資料なく、且債務の追求急を極めたので、遺産保全のため己むなく債権者の主張する二十二万円の債務を支払つたことは認められるが、その支払についての清算関係は必ずしも明ではない。

同番地の一、一五、一六、一七、一八、一九、の土地即ち第二項(五)(一七)、(一八)、(一九)、(二〇)、(二一)、の遺産は、相続開始後一たん高山喜子名義に書換えられたものでそのうち第二項の(五)と(二〇)(二一)の半分の権利は、同人が中沢はるに売却処分したものである。(尚(二〇)(二一)の土地は通路であるため(五)の買主と共同使用することになる)尚同人の言うところによれば売却代金は十三万円であつてその代金の一部十万円を岡本三郎の保証債務支払にあてたというのであるが、これ又村山和子においてその売却処分代金額及びその代金の使途について清算を要求するところである。その余の(一七)、(一八)、(一九)、の土地は順次山内、竹井、小山某に賃貸してあり高山喜子の夫高山幸治がその管理にあたつているものである。

同番地の四、九の土地、即ち第二項(八)(一二)は松本久枝が昭和二十七年十一月五日前地主八島より直接同人名義に書換えた上同人が使用収益しているものである。

第二項(二二)(二三)の動産については、それぞれ高山幸治或は村山和子において使用収益しているものである。

第二項(二四)の生前贈与分については、遺産であるか、或は生前贈与分であるかは、必ずしも明確ではないが、その受贈者と称する者に夫々その部分を取得せしめるものとするときは、特に生前贈与分と遺産とを区別する必要はないものと認める。

四  各相続人の相続分及び遺産評価

相続人松本久枝、高山喜子は嫡出子、高山幸治は所謂婿養子であり、村山和子は婚外子であるので、各相続人の相続分は前三者は各七分の二宛、後者村山和子は七分の一であるところ、高山喜子は死亡し、その受継者においてそれぞれ其の相続分を承継取得したものである。しかしその相続人間においては、協議により任意その相続割合を定めることができるであろうから、高山幸治、高山光一、高山裕、高山正の四名分を一括して七分の四とする。

被相続人の遺産に属する動産については、前述のように生前贈与を受けたと称する相続人もあるが、他の相続人はその点を否認するところもあるので、それぞれ当該部分を、その受贈したという相続人に取得さす方法により遺産分割をするときは、前記相続分には影響はないから、村山和子及亡高山喜子の関係部分については、生前贈与分として評価をしない。以下資産の評価として次の通り定める。

第二項(一)の家屋は建築後相当経過しているので坪当り六千五百円見当の十八万円と見積られるが、その敷地二十六坪は国鉄○○駅に至る表通りに面し店舗敷地として利用せられるので所謂借地権価格坪当り金三万二千円前後と見積り、建物と合せて金百万円と評価する。

第二項(二)の建物及びその敷地十五坪については田上チヨ子に贈与せられたものであり、遺産分割についての相続分に影響がないので特に評価をしない。

第二項(三)の家屋及び敷地三十七坪は、前記(一)程度の古さの建物である。ただ(一)の裏側にあつて、表通りに面しないため、専ら住宅向の家屋として使用される外はない。坪当り七千円前後の十四万円位と値ぶみされるが、その敷地三十七坪は奥地だけに所謂借地権価格坪当り二万円前後とし、建物と合せて金八十二万円と評価する。

第二項(四)の土地は築地本願寺前の市場通りに面しているため店舗敷地としても利用されるが、現況は住宅用として利用されている。その一部表通りに面した部分十四坪は昭和二十七年七月六日相続人高山喜子が自己に分割取得されることを予定し賃借人に売却し(代金不明、且遺産分割が終了しないため売買登記も未了)、裏側十八坪余についても、他に賃貸してある関係上、遺産としての評価額は地価より所謂借地権価格(地価の約八割)を差引いたものであるので、表通りを坪当金四万円前後、裏側を金二万円前後とし計金百万円と評価する。

第二項の(八)(一二)の土地は松本久枝がその地上に所有家屋を建築してあるところである。同人は遺産に属する土地価格から、その評価は借地権価格を控除したものであるというけれども、若し所謂借地権が被相続人より同人のため使用を許るされたによるものであるとすれば、それは生前贈与となり従つてその当該部分の土地を同人に分割取得さすときは、特に土地評価に際して借地権価格を控除する必要はないので、更地価格で評価することとする。しかしこれと異り、被相続人に対価を払つて賃借権を取得したか、或は被相続人が他に賃貸してあつたのを松本久枝がその賃借人より所謂借地権を譲受け承継したというのであれば(同人の供述にそのような主張もうかがわれる)後日訴訟手続その他によつて、相続分の改訂を図ればよいから、(即ち自己の特有財産である借地権を遺産であるとして分割された理由により)本件では一応更地価格により道路数となつている(一二)の土地と共に坪当り金三万円見当として、(八)(一二)の合計を金百二十万円と評価する(以下富久町所在土地については、公簿面積より、実測面積が広いからその事情も斟酌する)。

第二項(五)(一七)、(一八)、(一九)、(二〇)、(二一)の土地については何れも被相続人において既に他に賃貸してあつたため、遺産の価格としては、更地価格の三割強、坪当り金一万円前後として(五)(一九)、(二〇)、(二一)の以上四筆合計五十三坪金の評価額を金五十万円とし、(一七)、を、金三〇万円(一八)、を金二〇万円と評価する。

第二項の(二二)の高山幸治方所在の動産については、諸般の事情より居住家屋評価額の一割弱の金八万円と評価する。

第二項の(二三)の村山和子方所在の動産については、生前贈与せられたものを含み、居住家屋評価の一割の金十万円と評価する。

第二項(二四)の松本久枝方動産についてはいずれも被相続人の生前贈与分にかかるものとも解せられるが、諸般の事情より家屋評価額の三分強の金五万円と評価する。村山和子方所在の生前贈与分については前記理由により特に評価しない。

第二項掲記の其の余の土地については、いずれも松本久枝又は高山喜子において故人の意思乃至は夫々の適正価格にて処分したと主張するところであり、これが果して自己の財産におけると同一の注意義務をつくしたか否かは別として後記事情に基いて分割対象より除外するから、特に評価をしないこととする。

第二項(二五)、の債務関係についても後記事情により評価をしない。叙上評価したように本件分割の対象となる相続財産は生前贈与分を含めて合計金五百二十五万と評価せられるを以て、それに対する相続分は村山和子は金七十五万円分、その他の相続人松本久枝、高山幸治、亡高山喜子は何れも金百五十万円分宛となるところ、高山喜子の死亡により同人の分については、高山幸治、高山光一、高山裕、高山正が更に相続したものであるからこれを再分割すべきであるが、本件分割審判においては、高山幸治等親子四名分合計して七分の四の割合により分割し、その四名間の分割は同人等間の協議に俟つこととする。

五  遺産分割の経緯並に分割事情

被相続人は存命中不動産周旋業をしていたが、大正六年妻はつを失つたものである。しかしその頃相続人村山和子の母村山トヨとも関係があり、又その後上野界隈の料理店に勤めていた田上チヨ子とも通じ被相続人の晩年には、被相続人は田上チヨ子と同棲し、同女は村山トヨに代わり、被相続人の面倒をみてきた関係上から、村山トヨ並に村山和子と田上チヨ子の間柄は自然と反目していたわけである。

被相続人は昭和二十四年七月胃癌で入院し、同年十二月五日○○町○丁目七〇五番地の居宅で死亡したが、その死亡に先立ち同年十一月三十日遺言をしたことがあるのである。その遺言書は村山トヨの兄が遺言者の意のある処を記載し作成したものであるので一応遺言者の真意は伺われるが、その遺言書は法定の要式を備えないため、法律的には無効とされてもやむを得ない。しかし関係者の間では遺言の無効であることについて争わないとしても、遺言趣旨に則り分割方針を定めることについては全相続人は一致しているわけである。そうして本件相続開始後、相続人及び利害関係人の間において、分割協議が為されたが、合意が成立するに至らなかつたので、先に昭和二十六年八月村山トヨ及び村山和子の両名より当庁昭和二十六年(家イ)第一五三七号遺産分割調停事件を申立たものである。ところが村山トヨは相続人がないので遺産分割にあずかり得ないことになると、右申立人両名は調停申立を取下げたものである。これに対して他の相続人である松本久枝より改めて分割調停の申立をしたのが本件である。

本件調停手続において昭和三十年一月二十一日一応主文第二乃至六項と大体同趣旨の合意が成立し、その旨仮調印がなされたのであるが、(記録事件経過表参照)、次回期日において村山和子より金銭収支の明細の点について異論があつたため調停成立調書を作成せず、その後は専らこの点について折衝を重ねたものである(村山和子は調停手続中において一応解決案に調印したことについて、欺されて調印したと主張する)。而して被相続人の遺言書と称する昭和二十四年十一月三十日附書面によれば大要以下の通り記載されている。

(一)  田上チヨ子に対して扶養義務があるから前記第二項(二)の家屋を贈与する。尚村山和子は田上チヨ子に毎月千円宛を供与し、高山喜子は、自己使用の居宅(第二項(三)の物件)の二室提供すること。

(二)  村山和子には第二項(一)の家屋を贈与する。

(三)  高山喜子には第二項(三)の家屋及び同項(四)の土地を贈与する。

(四)  松本久枝の使用する第二項(八)(一二)の土地を同人に贈与する。

(五)  前号の土地の外の新宿区市谷○○町所在土地は売却が目的であるから、坪当り五百円以上で売却し、債務七万円の弁済に当て残余は四人で分配すること。

ということである。尚被相続人は財産上の重要書類と目されるものを田上チヨ子に保管させてあつた。

右のような事情から松本久枝、高山喜子等は○○町所在の不動産の一部を処分したものである。この点について村山和子は右売却処分を諒解していたものであるが、その清算関係が不明瞭であるからとして、その清算を要求しているのか、或は同人の意に反して前叙のように不動産を処分したからその違法責任を追求するのかは明でないが、これらの法律関係は終局的には訴訟手続で確定するものであるから、本件分割においては同人等が処分した前第二項(六)(七)(九)(十)(一一)(一三)(一四)(一五)については遺産分割の対象物件とせず、これが法律関係については別個に確定されるところに放任する。

仍て以下各相続人及び分割参加人に対する分割事情を検討することにする。

田上チヨ子に対する関係においては同人は被相続人の内妻であつたとしても、現行法上内妻には相続権が認められていないので、法律上は遺産分割にあずかり得ないこと勿論であるが、前述したように田上チヨ子に対して第二項(二)掲記の家屋の贈与契約が成立しているものと認められるので、同人に右家屋を取得せしめることとする。

そうしてその家屋所在敷地の賃貸借契約上の地位については諸般の事情からして十五坪分を相当とする(その範囲については合理的に確定できるところによる)。(又地主においてこれが賃貸借の承継を認めるや否やは他の相続人の関知しないところであつて、その危険負担は受贈者において負うものとする。)

相続人松本久枝については、その相続分は七分の二、金百五十万円相当分であるが、生前贈与分五万円があるので、残金百四十五万円分を相続できるわけであるから、第二項(四)(九)及び(一七)、の土地三筆金百五十万円分を分割取得せしめ、超過取得分五万円については、他の相続人に金銭にて清算するを相当とする。

ただ五万円相当分の返還については、同人は尚第二項(一六)の土地を処分し、その清算について他の相続人の承認を得ているわけではないのであるから、これらと共に金銭支出を明瞭にした上で超過分があれば相続分に満たない財産を相続した他の相続人に支払うべきものとする。これに反して若し不足分があるときには、他の超過取得相続人より償還をうけることになるであろうから、これが五万円の返還は清算をまつてするのも己むを得ないとする。

相続人高山幸治、高山光一、高山裕、高山正についてはその相続分は四名合計して七分の四(内部関係に付ては法の定めるところによる)となり、従つて金三百万円相当分の遺産を取得できることとなるので、第二項(三)の家屋及び敷地、(四)(五)(一九)(二〇)(二一)の土地及び(二二)の動産計金二百四十万円を取得せしめ尚不足額六十万円相当分については他の相続分を超過して取得する相続人である松本久枝より五万円、村山和子より残五十五万円を金銭にて支払わさすを相当とする計算になるのであるが、高山幸治はその亡妻喜子が前述処分した新宿区市谷○○町所在遺産土地について、他の相続人に対しての清算がなされていないので、これら清算により過不足する金員とを算出の上、決済するを相当とするから、それらは今後の措置に放任し、本件分割においては、取りあえず主文のように同人達の取得分だけを確定することとする。

(尚相続人幸治の親権に服する相続人高山光一、同裕、同正については、父子利害相反行為として特別代理人の選任を要するやの点については、本件分割は叙上のように内部的な割合を定めないので、特別代理人の選任を要しないとした。)相続人村山和子については、その相続分は七分の一の金七十五万円であるが、遺言書並に昭和三十年になされた前叙仮契約の趣旨に則り、分割方法を定めるときは、第二項(一)の家屋及びその敷地の金百万円相当、及び第二項(一八)、の土地金二十万円相当並第二項(二三)(二四)、の動産十万円相当を取得する結果、五十五万円相当分を超過取得することになり、その部分だけ他の相続人に対して返還すべきことになるが、前述したように○○町所在の土地の清算関係が未了であるから、これが清算と共に、同相続人の収支関係を定めるべきものとする。

尚これら各相続人取得の不動産について被相続人名義のものは、各相続人に於て相続登記をうけて然るべきであるが、その他の分については、取得者のため、他の相続人は所有権移転の登記手続を為すべきを相当とする。

最後に相続債務については、特に遺産分割において債務の分割をすべき必要はなく、殊に本件においてはその数額が明でないのと、前述したように一部相続人が○○町所在土地の売却代金を以て弁済処理したと認められる点もあるので、これらは相続債権者との関係として別途に処理せしめるを相当とする。

尚本件遺産分割の審判手続において、相続人でない相手方田上チヨ子に対して遺産を取得せしめた点について若干の疑問があろう。即ち遺産分割審判手続は本来遺産と目されるものを、相続人とされている者の間に如何ように分割するかということを確定するものにすぎないのであつて、遺産分割審判が確定したからとて、それにより、相続人とされた者が相続人となり、又分割取得された遺産が遺産となるということを終局的に確定するものではない。蓋し審判手続は裁判官により処理されるとして非公開の手続であるから、実体的の権利義務関係を確定することはないからである。

若し審判により実体的権利義務関係を確定するとすれば、それは裁判公開の憲法上の要請に違反するからである。従つて若し審判手続において相続人とされた者が後日において相続人でないことが判明したときには、その者に分割取得せしめた遺産は未分割遺産として、改めて相続人間で分割をするか、或は事情によつては、全遺産について分割のやり直しということになろう。同様に遺産があるとして分割されたものが、遺産に属しなかつたときには、担保責任乃至は再分割の問題として処理されることになる。

右の次第であるから、相手方田上チヨ子は相続人でも又受遺者でもないが、何第かの理由によつて、遺産の一部に対して権利を有する場合には、審判手続に参加さすことのできることは家事審判規則第一四条の予定するところであり、そうして前述のように一応同人の権利関係は認められるから、その部分の遺産については、相続人間の分割を許さず、田上チヨ子に取得せしめるを相当とする。勿論田上チヨ子に対して遺産を取得せしめる旨の本件審判は終局的にその権利関係を確定するものではないので、本件審判が確定しても、第三者は勿論本件当事者はいつでも、田上チヨ子の所有権を争うことができるわけである。従つて若し判決手続等で田上チヨ子が前叙遺産を取得する理由のないことが判明したときには、前叙説示のように同人に対しての分配部分は未分割遺産として、改めて相続人間に分割されること等になるのであるから、本件審判手続で相続人でない田上チヨ子の権利を認めることは差支のないは勿論、これを参加せしめるのが妥当と解する。

(家事審判官 村崎満)

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